こちらからの問い掛け全てに曖昧な受け答えをしていた先生だったが、突然想像もしなかったことを口にした。

 

「また○○○に会いたいな。」

 

 驚きと同時にその言葉の意味がさっぱり理解できず困惑した。『捨てられた』と思い込んでいたのに、今更「会いたい」などと口にするなんて・・・信じられなかったからだ。

 

『もしかして先生はまだ自分に気持ちがあるんじゃないか』

 

 こんな考えが頭の中をよぎったが、一瞬で消え去った。そんなはずはない、浮気をしたのならともかく相手と結婚まで済ませてしまってるのだ。先生は確かに元担任だった今の奥さんを配偶者として選んだ、それは誰にも変えようのない事実である。だったら取り残された私は『捨てられた』と思うのが当然だろう。正式な別れの言葉はもらえなかったにしろ、私達はもう恋人ではなくなっているはずだ。それどころか、もう一対一で会えるような状態じゃないとさえ思っていたのに・・・

 

「えっ、どういう意味です?」

 

「そのままだよ、今先生中学校にいるんだ。」

 

 今まで自分から会うことを促すような発言すらしなかったのに、今日は何故か積極的な先生がいて私を苦しめる。発言から伺うにきっと、中学校に誰もいなくて先生一人なのだろう。付き合っていた当時は好きだとも会いたいとも言われたことなんてなかったのに、どうしてこんな状態になってから私に誘いの言葉を投げかけてくるのだろう。・・・望んでいた言葉だったはずなのに。

 

「会いに行って、何をするんですか?」

 

 もしかしたら、全部嘘だったのかもしれない。本当は結婚なんてただの噂で、ただ先生が素直に気持ちを表現してくれるようになっただけなのかもしれない。他の人に気持ちが移りかけていた私への罰たったのかもしれない。・・・もしそうだったら、幻だったならどんなにいいことだろう。

 

「○○○を抱きたい。」

 

 その言葉を聞いた時、正直に喜ぶことができなかった。むしろ抵抗感すら覚えた。未だに先生のことは忘れられない、例え結婚したからといって自分が好きな気持ちを諦めるような性格じゃないってこともよくわかっている。ともかく声を聞きたかったし会いたいとさえ思っていた、だから今日こうやって電話をした。けれども、何かが違う気がする。自分が心から求めていたものに当てはまらない気がしてならない。やはり、先生に対する気持ちが少し変化し始めているのかも・・・。

 

「今日はだめです、都合が悪いんで。」

 

「じゃあ、また次の機会にだね。わかった。」

 

 返事もろくにしないうちに、先生は電話を切った。

 

 本当に都合が悪いのもあったが、会えば取り返しのつかない状況になってしまう気がして断らざるを得なかった。このまま感情に流されて何らかの行動をしてしまえば後できっと後悔する。第三者に相談して、意見を聞いてからでも遅くはないと思った。自分の気持ちがまだはっきりしていないのに、動くわけにはいかない。それにもし先生の申し出を受け入れて会いに行けば・・・同時に不倫を認めることになる、そう思ったのだ。詳しい基準はわからないが、相手が結婚しているとわかっていて付き合うのは不倫に当てはまるのではないか。こればっかりは、浮気と思って軽い気持ちで会うことはできない。


 この一ヶ月で起きたすべての出来事が、まるでテレビで見るドラマのように思えた。しかし、実際にこうして自分の身に降りかかっている。軽んじて事を見ようものなら・・・跳ね返ってくるリスクが大きいものになるだろう。


  <続く>


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