あれから私の心の中では様々な感情が入り混じって、先生に対する思いも次第に複雑となっていった。もちろん先生のことはまだ忘れられない。だけど二股は許せないし許したくない。でも、もう一度会いたい・・・こんな具合に色んな感情が頭の中を巡り巡っていた。

 そんな中で、とうとう私はある行動へ出た。それは、『カミングアウト』。ある程度親しい中学校時代の友人達に、先生と付き合っていたことをばらしてしまったのだ。

「私、実は半年ぐらい先生と付き合ってたんだ。」

 誰もがその内容に驚いていた。

「片思いしてたのは知ってたけど、付き合ってたなんてわからなかったよ・・・。

 当たり前だ。周りにばれないよう最新の注意を払っていたのだから。唯一全てを知っている友人も、秘密をちゃんと守ってくれた。

 何より友人達が驚いたのは付き合っていたという事実よりも、先生が元担任を妊娠させ結婚したことだった。割と生徒に人気があり、信頼されていた先生だったので、カミングアウトしたことによって皆が持っていたイメージを見事壊してしまったようだった。

「信じられない・・・。」

 大概の人は口々にこう言った。中には激怒してこれから中学校へ殴りこみに行こうという人さえいた。事を荒立てたくなかったので、それは遠慮しておいたのだが。それくらい友人たちもショックだったらしい。まして当事者の私は何倍もショックを受けている。

 自分でもどうしてこんなに悲しいのかわからない。精神的ダメージは大きかった。予想を遥かに上回るどころか、考えもしなかったことが起こったのだから。もう心のバランスはガタガタで、不安定な状態が続いていた。

 幸か不幸か・・・先生へようやく電話が繋がったのはそんな時だった。あれから三週間が経つが、一度も連絡が取れなかったのに。先生なりに時間を置いたつもりなのだろうか。

「久しぶりだね。」

 以前と変わらない先生の声。思わずドキッとしてしまう。

「どうしてずっと電話に出てくれなかったんですか?なんであの時本当の事を話してくれなかったの?一体どうして・・・」

 一旦口を開くと問い詰めるような言葉しか出てこなかった。聞きたいことはたくさんある。そんな気持ちを抑えることが出来ず、私はいくつかの質問を投げかけた。

「元担とはいつから付き合ってたんですか?」

「なんで内緒にしてたの?」

「相手は私が先生と付き合ってたこと、知ってるんですか。」

 他にも思い出せないくらいたくさん聞いた。しかし、先生はほとんどの質問に対して「さぁ?」とか「教えられない」、「言えないな」といった風に返すだけで何も答えてくれなかった。それなら、どうして私からの電話に出たんだろう。言えないのなら居留守なり着信拒否なりすればいいものを、わざわざ電話に出た理由がわからなかった。

 なのに、それなのに・・・こうして久しぶりに先生の声が聞けて嬉しい自分がいた。理由なんてどうでもいい、今先生がこっちを振り向いてくれただけでもいいじゃないか。そう思う自分がいた。

 しかし、逆に先生から冷めていく部分もあるのだった。やはり自分にとって「結婚」という事実は大きすぎる。そこから踏み出せない何か、壁のようなものが立ちはだかって、何らかの行動を起こすことに戸惑いを覚えていた。いつもの自分なら例え相手がいても諦めたりはしないはずなのに。

 私の知らないところで、何かが変わり始めていた。大好きだった先生は、心の中にもういないのだと思った。

  <続く>