中学校を後にして自転車で帰る途中、私は先生と過ごした日々を思い起こしていた。


 先生に片思いしていた期間は二年間、付き合ったのはたった半年。約二年半の間に本当にいろんな出来事が、思い出があった。その日々が一瞬にして崩れ去ってしまった・・・


 早くも忘れるための準備を頭の中で自動的に行っているのか、思い出の数々がフラッシュバックするかのようにありありと浮かんできた。


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 中学を卒業してから二週間が経ったある土曜日。


 三年生は卒業するともう学校に行かなくて済むし、宿題もないため毎日暇な時間を過ごしていた。私といえば、何よりとても寂しかった。今まで毎日のように先生の姿を見て、会話をしていたのにそれが極端になくなってしまうと心にぽっかり穴が空いたようだった。


「先生に会いたい・・・」


 辛かった。これだったらもっかい勉強してもいいから学校にもう一度行きたいと思った。普通付き合って最初の頃とは、ドラマや漫画などでは毎日飽きるくらい一緒にいたりデートしたり、電話したりしてるのに私たちの間ではまだそれすらない。


「電話・・・」


 そうだ、先生から教えてもらった携帯の電話番号がある。前に先生からもらった小さな紙を手に取った。今の時刻は夕方の5時。今日は学校も休みだし、もしかしたら電話に出てくれるかもしれない。せめて会えなくても、今日は声だけでも聞きたかった。もう限界なのだ。


 紙に書いてある電話番号に自宅の電話から掛けようと、ボタンをプッシュした。この時はまだ自分専用の携帯電話を持っていなかったため、家からかけるしかなかったのだ。


『プルルル・・・』


 受話器からコール音が漏れる。


 先生の携帯は、5回コール音がなった後留守番電話が作動してしまうため、もし5回鳴って出なかったらその時は出られない証拠。たまに後で気がついて掛け直してくれる時もあるが、大概はすぐかかってこない。何せ自宅の電話なのだ、親が出てしまったらお互い困ってしまう。


『プルルル・・・』


 二回目のコール音が鳴る。果たして出てくれるのだろうか、可能性は低い。


『プルルル・・・』


 三回目のコール音。回数を重ねるごとに、だんだん期待が絶望へと変わっていくような気がした。もうだめかも・・・そう思った。


『プルルル・・・プッ。』


 四回目のコール音の途中で、接続音のようなものが遠くで聞こえた。


「もしもし・・・?」


 二週間ぶりに聞く、あの人の懐かしい声だった。


「先生、久しぶりです!」


 思わず嬉しくなって、私は電話口で叫んでしまった。


「どしたの?何かあった?」


 穏やかな口調で、先生は答えた。電話からでは顔は見えないものの、声の調子からきっといつものように笑っているのだろうと思えた。それがまた嬉しかった。


「いえ、もう二週間も先生に会ってないなーと思って・・・電話したんです。」


「そうだねぇ・・・今、会おうか?」


「え!い、今ですか!?」


 あまりの展開の早さに私は驚いてしまった。確かに、会えればいいなーくらいには考えていたものの、もうそろそろ日も暮れるし、たぶんそれはないだろうと思っていたからだ。


「今先生、学校にいるんだけど誰も居ないから。」


 学校、すなわち卒業したばかりの中学校のことだ。誰もいないというのは、土曜や日曜といった休日は通常午後四時に部活が終わり生徒や先生たちが帰るため、おそらく彼だけが何か仕事の関係で遅くなったのだろう。


「行っても大丈夫なんですか?」


「うん、いいよ。」


 先生からの返答を待たず、私は早くも行く気満々だった。せっかく久しぶりに会えるチャンスと、見逃すわけにはいかない。


 電話を切った後、さっそく自転車に乗って中学校へ向かったのだった。


  <続く>