友達から真実を聞かされる三日くらい前だろうか。私はいつものように先生と会っていたのだ。誰もいない夕方の中学校で、人目をはばかって。その時は普通に会話をして、互いの身体に触れ合った。何ら変わったことなんてなかった。先生の口から何か聞いたわけでもないし、「結婚」の二文字すら何処にも出てこなかった。


 あの時既に先生は結婚している身だったという。どうしてそんなに平然としていられたの?どうして直接会ったのに何も話してくれなかったの?人づたいに別れなんて聞きたくなかった。どんなに傷ついても、ボロボロになっても、あなたの口から聞けたら諦めもついただろうに・・・。例えそれが私に対する気遣いから来ていたとしても、そんなのちっとも嬉しくない。こうなってしまった今となっては遅い、遅すぎる。


「・・・大丈夫?」


 電話口で友達が心配そうに尋ねる。大丈夫なわけない、頭が真っ白で何が何だかわかりゃしない。


「何とかね。」


 とだけ返して、担任とはいつから付き合っていたのかを聞いた。しかし、いくら彼女でもそこまで知っているはずはなく・・・


「それが、わからないんだよ。」


 困ったように言った。


「ただ、実は・・・担任が妊娠してるらしくてね。今ちょうど4ヶ月くらいになるんだって。」


 最悪のパターンだ。流行の『出来ちゃった結婚』で2人は結ばれただなんて。しかも逆算すれば、少なくとも4月の下旬に事が起きていたということだ。


 そう、その時期はちょうど私が担任の自宅前で先生の車を目撃した時に当たる。信じられない、付き合って一ヶ月で裏切られていたなんて。いや、そもそもこれじゃ付き合っていたかどうかさえ曖昧だ。この状況からして、どう考えても私が遊ばれていたと見て間違いないだろう。もちろん、信じたくはないけれど。そして恐らく、担任とは私が告白する前から関係があった可能性が高い。


 友達とそんなことを話しながら、自分の中で予想を確信に変えていった。いつもはさばさばしている彼女だが、このときばかりはしきりに私のことを心配してくれた。

 話が一段落したので、一旦その場は電話を切ることにした。後日彼女からはさらに詳しく話を聞くことになるだろう。


 あくまで想像の中だけだったが、私だって先生との将来を夢見たものだ。本気で相手のことが好きだったし、付き合うことができてすごく嬉しかった。なのに、考えれば考えるほど辛くなる。だけど涙は出てこなかった。泣ける気さえしなかった。

 幸か不幸か、その事実を聞いた時私は彼とのデート中で車の中にいた。彼が隣にいたおかげで取り乱す事もなかったし、現実に引き戻された。当の本人は、車を運転しながらずっと私の電話を聞いていた。彼はその時何を考えていたんだろう。


「ちょっと休もうか。」


 そう言って彼が連れて行った場所はあるモーテル。今までずっと行くのを拒んでいたが、今日ばかりはそんな気力さえない。むしろ、流れに任せてどうなってもいいと思った。
 彼はその日、私を抱きはしたものの最後には手を掛けなかった。代わりに優しく抱きしめてくれて、耳元でこう囁いた。


「俺と付き合ってくれるかな。」


 断る理由なんてなかった。


「うん。」


 小さい声で答える。彼は嬉しそうに笑って、そしてキスをしてくれた。


 音を立てて、今までの時間や思い出、気持ち・・・すべてが崩れていく気がした。


  <続く>