「今から迎えに行くよ。何処で待ち合わせする?」
彼の口から次々と発せられる言葉は、耳を疑うようなものばかりだった。何ともやり切れない想いが私にどんどん襲い掛かってくる。頭がどうにかなってしまいそうだ。
「先生、私達・・・もう2人きりで会わない方がいいと思うんです。」
恐らく今でも恋焦がれているであろう相手に向かって、突き放すようにこう言った。
1ヶ月前、友達から真実を聞かされた時よりもズキズキと心が痛む。振られるより、振る方がこんなにも辛いとは思いもしなかった。好きになり始めた頃は、先生と付き合う事自体叶わない願いだと諦めていたくらいなのに、こうして私から別れを告げることになるなんて・・・。自分の意思に反して目まぐるしく変わる現実を、すぐには受け入れられなかった。
しかし、先生はそんな私の様子に気づくことなく、更に疑問を投げかけてきた。
「どうして?」
こちらが逆に聞き返したいくらいだ。この期に及んでも尚、別れを渋る理由がさっぱりわからない。奥さんがいて、もうすぐ生まれてくる子供がいて何の不自由もないどころか、取り沙汰される前にこんな関係などいっそ精算してしまいたいと思うのが普通なのに。
「どうしてって、先生はもう結婚してるんだし奥さんだって・・・」
「会いたいんだよ。○○○を抱きたい。」
理屈なんか必要ない、と私の話を打ち消すように彼ははっきりとこう言った。“抱きたい”という言葉が頭の奥で何度もこだまする。付き合っていた頃でさえ口にしなかったことを、今になって言うなんて本当にずるいと思った。さっきから、胸の高鳴りを抑えることができないでいる。
「だったら。」
封印したはずの感情が徐々に蘇って来る。思わず本音を言わずにはいられなかった。
「奥さんと別れるって約束してください、それなら会いに行きます。」
その言葉を聞いた途端、先生は黙り込んでしまった。困惑しているのが雰囲気で伝わってくる。私だって先生を困らせるつもりなんか全くなかった。だが、ここまで追い詰められては本心を晒さずには太刀打ちできないと思ったのだ。
「・・・できるわけないだろう。」
それはお前だってわかってるはずだろう?とでも言いたそうな口調だった。確かに頭ではわかっている。今更結婚を取り消すなんて誰が見たって無理だし、何より彼自身にそんな気がないってことも。でも、私が期待していたのはそんな言い訳なんかじゃない。それでも好きだ、という気持ちだった。
「なら、会いに行きません。」
意地の悪いフリをし続ければその内諦めてくれるだろう、そう思った。
「嫌だ、別れたくない。会いたいんだよ。」
さっきよりもはっきりと、そしてしっかりと否定しながら先生は同じ言葉を繰り返した。
『なんで付き合ってた時に言ってくれなかったの?』
大きく心が揺らいだ。
あの日、先生の口から真実を聞くことができたなら、それでも自分は別れたくないと言ってくれたなら、どんなに不毛な恋愛になろうと構わないと思っていたかもしれないのに。今更どうしようも出来ないのだ、もう後には戻れやしないんだから。
<続く>