『会いたい』


『別れるのは嫌だ』


『抱きたいんだよ』


 彼の口からこんな台詞が繰り返される度、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


 ストレートに気持ちをぶつける先生の姿に嬉しいと思う反面、「もう嫌だ、そんな言葉聞きたくない」と悲鳴を上げそうになる自分もいる。以前なら誘いの言葉に対して自惚れを感じていただろうが、今の私にはどうしても疑心暗鬼の念を拭い去ることが出来ない。それどころか逆に、彼に嫌悪感さえ抱き始めるようになっていた。


「もう、それ以上言わないで下さい・・・」


 不意に涙が出そうになるのを堪えながら、小さな声でつぶやいた。


 昂る気持ちをどうにか落ち着かせる為、ふうっ・・・と深いため息をつく。その行為に効果があるのかはわからないが、こうすれば少しだけ冷静になれるような気がした。

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『私、二年生の時からずっと、先生のことが好きだったんです・・・』

―勇気を振り絞って、想いを打ち明けたあの時。


 当時は「告白」しか頭になくて気づかなかったけれど、よくよく振り返ってみれば“好きだよ”はおろか、“付き合おう”という言葉さえ、先生の口から出てこなかったのを覚えている。今だって同じような状況だ。“会いたい”は何度も繰り返すくせに、本当の気持ちはちっとも打ち明けてくれやしない。

 いつだって先生は肝心な部分に触れてくれないのだ。前も、そして今も。


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「・・・私ね」


「ん?」

「先生に告白する前までは、絶対振られるだろうなって思ってました。」

「うん」

「でも、こうやって付き合うことになって・・・初めは会えるだけでも嬉しかったのに、いつの間にか“誰にも先生を取られたくない”っていう独占欲が生まれてました。」

「うん」

「もし、先生が他の人を好きになったり結婚したりしても、奪い返してやる!ってくらい好きなつもりだったけど・・・」

「けど?」

「あと半年で子供が生まれてくるんじゃ、もうどうしようもないじゃないですか。」


「・・・」

 果たして自分の気持ちを上手く伝えられているかはわからないが、再び黙り込む先生に向かって私は更に畳み掛けた。

「先のない恋愛なんて、私にとってもう辛いだけなんですよ。」

「・・・」


「だから先生にはもう会わないって決めたんです、会いに行っても自分を追い詰めるだけだから。」


「嫌だ」


「わかってくれないなら、仕方がないですね・・・」

「うん」

「私は会うつもりありませんから・・・先生、ごめんなさいっ。」

  ピッ

  ツーツーツー・・・


 遂に私は、強制的に通話終了のボタンを押した。 頑として譲らない先生に、成す術がなくなってしまったのだ。あっけない終わりだと自分でも思ったが、こうするしかもう方法はなかった。 



  会いたかった。

  別れたくなかった。

  もう一度、やり直したかった。

  だけど・・・





『さようなら、大好きだった先生。』

 <第二部 終了>